第7章 プログラム細胞死と神経変性疾患
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キーポイント
遺伝的または後天的要因によって構造異常を生じたタンパク質は凝集し、不溶化して蓄積する
異常タンパク質蓄積から細胞死に至る経路は複数あり、その正確な理解が治療法開発に結びつくものと考えられる
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はじめに
両患者数は日本だけで優に百万人を超える
病院を解明し治療法を確立することは急務
介護者に非常に負担がかかる
一般に高齢者に多い
過去20年間の遺伝性神経変性疾患の研究からおおまかな分子メカニズムが明らかになってきた
遺伝子解析の結果、有力な仮説となってきたのは、神経変性疾患に共通する病院は構造異常を起こしたタンパク質(ミスフォールドタンパク質)の異常な蓄積であるとの考え 発現した変異タンパク質は構造が変化したミスフォールドタンパク質となって不安定化すると考えられる
事実、多くの遺伝性神経変性疾患では変異タンパク質を主成分とする異常な線維性凝集体(病理学的には封入体と呼ばれる)が神経病理学的特徴になっており、神経変性疾患はコンフォメーション病であるとする仮説を強力に支持する証拠となっている 1. アルツハイマー病
アルツハイマー病の光学顕微鏡下での特徴的な病理所見
代表的な遺伝性ADとしてAPPと、AβをAPPから切り出すγセレクターゼの構成要素であるプレセニリン1(PS1)、プレセニリン2(PS2)の3種類の遺伝子変異が知られており、どの変異でも常染色体優性遺伝性のADとなり、Aβペプチドの過剰産生が生じる https://gyazo.com/f93b5ad8745d649f7bbb08c5a161f9ef
Aβが細胞障害を引き起こす機序にはいくつもの説がある
さらにAβは銅や亜鉛などの金属に結合する性質があり、その作用によって毒性の強いフリーラジカルを産生するとの見方もある
これらの毒性が複合的に神経機能障害、神経変性につながっているのかもしれない ただし、Aβを過剰に産生するトランスジェニックマウスでは細胞死が見られないことから、in vivoにおける細胞死メカニズムの解析は進んでいない 治療面での最近の動向としてはAβを取り除くことが疾患の根本的な解決になるとの考えから、Aβワクチン療法が注目を集めている 2. パーキンソン病
PDの約5~10%は家族性(遺伝性)であり、家族性PDの病因遺伝子の研究から、PDの神経変性メカニズムの理解が大きく進みつつある 2-1. α-シヌクレイン
α-シヌクレインはシナプス前末端に豊富に存在する140アミノ酸の生理機能不明のタンパク質 1997年、PARK1と呼ばれる常染色体優性遺伝性PDがα-シヌクレインのミスセンス変異によって生じることが示され、ついでα-シヌクレインを含む染色体領域の一部が重複、あるいは三重複する変異(遺伝子量としてはそれぞれ正常の1.5倍と2倍)が起こってもPDになることがわかった その一方で、レビー小体の主要成分がα-シヌクレインであることがわかり、ミスフォールド化したα-シヌクレインの蓄積がPD発症の原因になるという考えが有力になった
しかし、レビー小体が細胞を殺す方向に働いているかどうかに関しては議論がある
レビー小体の構成成分は最近の研究によるとアグレソームと免疫組織化学的な性質が類似していることが指摘されており、少なくとも形成される時点では細胞保護的な役割を担っているものと思われる α-シヌクレインの毒性に関して最も有力なのは、線維性のレビー小体が形成される過程でできるオリゴマー、プロトフィブリルなどの中間体が毒性をもつという考え
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ユニークな考えとして、in vitroの生物物理学的実験に基づいて、カルシウムを通す程度の半径をもつ環状のプロトフィブリルができると膜に結合して穴をあけるというアミロイドポア説が唱えられ、注目されている ただし、このような環状のプロトフィブリルの存在はin vivoでは証明されていない
これ以外に中間体による膜毒性、プロテアソーム阻害活性などが観察されている
α-シヌクレインによる神経変性機構をin vivoで調べるためにα-シヌクレイン過剰発現による動物モデルの作製が試みられている レンチウイルスによる過剰発現では細胞死が起こるが、レビー小体は形成されず、PDを再現できたといえる状況ではない この細胞死はHsp70の過剰発現、またはHsp70の発現を誘導する薬剤によって防御されることが示されており、α-シヌクレインのミスフォールド化が神経変性につながることが強く示唆されている 2-2. Parkin
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したがって遺伝子変異によってParkinの機能が失われると、本来分解されるべき基質タンパク質が蓄積し、神経変性が生じるものと考えられる 変性誘発のカギとなる基質タンパク質としてこれまで10種類以上の分子がクローニングされているが、そのうち、蓄積により細胞死を起こすという点で有望なのはPael受容体 折りたたみに失敗し、ミスフォールド化したPael受容体は健康人では小胞体関連分解という機構で、Parkinによってユビキチン化され、分解されているが、AR-JPでは分解されなくなるため、小胞体に蓄積する 小胞体にミスフォールドタンパク質が過剰に蓄積した状態を小胞体ストレスと呼ぶ Pael受容体を培養細胞で過剰発現させると小胞体ストレスによる細胞死が起こる
ポリグルタミン病のように核内に凝集体が形成される疾患でも、変異タンパク質がプロテアソームを阻害することによって小胞体関連分解(ERAD)を阻害し、小胞体ストレスを引き起こすとの仮説が提出されており、この考えに基づくと、小胞体ストレスが神経変性疾患の多くを説明できるかもしれない 3. 筋萎縮性側索硬化症
進行すると全身の筋肉の麻痺のため、意識・知能は保たれながら、周囲とコミュニケーションすら困難になる難病
SOD1はスーパーオキサイドを解毒処理する酵素であり、その酵素活性の低下が当初神経変性の原因と予想されていた 153アミノ酸のSOD1タンパク質に100種類以上の変異が見つかっており、多くはミスセンス変異であること
変異SOD1の中には野生型と酵素活性が変わらないものが存在すること
現在毒性の説明として最も有力なのは、変異SOD1がミスフォールドタンパク質になって不溶化し、凝集することが原因とする考えであり、実際に変異SOD1トランスジェニックマウスではあらゆる組織にトランスジーンが発現するが、脊髄でのみ、不溶化し、凝集したSOD1タンパク質が見出される https://gyazo.com/206e5ff36f0c2ed896fdde797115a6a8
脊髄でのみ変異SOD1のミスフォールド化が進行する原因はよくわかっていないが、カルシウム透過型AMPA型受容体など運動ニューロンに特異な細胞環境が関わっている可能性がある 4. IAPと神経変性
NAIPの変異で運動ニューロン変性が増悪することから、アポトーシスが変性に関与することが示唆される
ショウジョウバエではIAPが欠損すると発生時期に全身のアポトーシスで致死となり、アポトーシスの決定的制御因子としてきわめて重要なことが示されているが、哺乳ウルイではいくつかのIAPのノックアウトマウスでも顕著な表現型は見られず、その生理的意義はよくわかっていない
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神経変性へのアポトーシスの関与を探る目的で、ヒトの疾患を忠実に再現する現在得られる唯一の動物モデルでる前述の変異SOD1トランスジェニックALSマウスモデルを用いた実験が多く行われ、多くのcaspaseの関与が示唆されている この結果、XIAPはALSマウスが発症してから死亡するまでの罹病期間を延長させるのに対し、p35は発症までの期間は伸ばすものの、罹病期間には影響を与えないことがわかった このことはミトコンドリアを介する内因性経路がALSモデルマウスの神経変性に関与しており、caspase-9が治療のターゲットになることを示唆している
変異SOD1がミトコンドリアに蓄積し、Bcl-2または内因性のIAPを増加させる抗アポトーシス治療が有効な可能性がある 5. 今後の研究の展開
神経変性疾患がタンパク質の構造以上に起因するコンフォメーション病と認識されるようになってから、異常タンパク質を除去したり、分解を促進することで疾患を治療する方向に期待が集まり、最近はRNAiを使ったモデル動物の実験で実際に有望な結果が得られている 一方、異常タンパク質を抱えて死すべき運命をもった細胞でアポトーシスの経路だけを止めても根本的な解決にならない可能性が高い
しかしながら、神経変性疾患の発症時期では細胞死が進行過程にあることを考えると、抗細胞死治療は進行を遅らせる意味はある
また、カスパーゼ非依存的な細胞死経路も防御できれば、より高い治療効果が得られる期待ももてる
神経変性疾患への治療法開発への挑戦は始まったばかりであるが、神経変性は複合的な過程であり、異常タンパク質の除去だけでなく、抗細胞死治療も視野に入れた総合的な治療戦略の立案が必要と思われる