第7章 プログラム細胞死と神経変性疾患
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高橋良輔, 王華芹, 小林芳人
キーポイント
神経変性疾患は、一般に異常タンパク質の蓄積を特徴とするコンフォメーション病である
アルツハイマー病ではAβペプチドとタウの蓄積の下流で、炎症、興奮性毒性、酸化的ストレス、シナプス機能障害、ミトコンドリア障害などの過程が起こり神経変性に至ると考えられる
パーキンソン病ではα-シヌクレインの蓄積によりレビー小体が形成されるが、レビー小体そのものは細胞保護的性質をもっているらしい
アルツハイマー病やパーキンソン病に代表される神経変性疾患はおしなべて、構造の異常なタンパク質の蓄積によるコンフォメーション病であるとの考えが有力になってきた
遺伝的または後天的要因によって構造異常を生じたタンパク質は凝集し、不溶化して蓄積する
タンパク質蓄積の下流ではミトコンドリア障害、小胞体ストレス、酸化的ストレスなどが誘発されて、機能障害を経て細胞死が起こるらしい
アポトーシス阻害タンパク質などによるカスパーゼ阻害は神経変性疾患の動物モデルにおいて一定の治療的効果は認められるが、治癒に至らしめた例はない
異常タンパク質蓄積から細胞死に至る経路は複数あり、その正確な理解が治療法開発に結びつくものと考えられる
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はじめに
神経変性疾患
炎症、代謝異常、中毒、栄養欠乏、薬剤などの既知の原因によらず中枢神経系のある神経系だけが選択的に細胞死を起こし、重篤な進行性の障害を引き起こす遺伝性または非遺伝性の疾患群
認知症の原因となるアルツハイマー病や運動障害を主徴とするパーキンソン病などが代表的な疾患
両患者数は日本だけで優に百万人を超える
病院を解明し治療法を確立することは急務
介護者に非常に負担がかかる
一般に高齢者に多い
過去20年間の遺伝性神経変性疾患の研究からおおまかな分子メカニズムが明らかになってきた
遺伝子解析の結果、有力な仮説となってきたのは、神経変性疾患に共通する病院は構造異常を起こしたタンパク質(ミスフォールドタンパク質)の異常な蓄積であるとの考え
遺伝性神経変性疾患は多くの場合、常染色体優性遺伝形式をとり、その病因となるような変異は多くの場合、点変異によるミスセンス変異など、変異によってもタンパク質は発現するような変異
発現した変異タンパク質は構造が変化したミスフォールドタンパク質となって不安定化すると考えられる
ミスフォールドタンパク質は、もっぱらユビキチン-プロテアソームタンパク質分解系によって分解処理されるが、その量が分解系の能力を超えると細胞内に蓄積し、凝集体を形成するようになる
コンフォメーション病(conformational disease)
このようにタンパク質がミスフォールド化し、凝集し、蓄積する一群の疾患
一般にミスフォールドタンパク質は凝集の過程でオリゴマー、プロトフィブリルという中間体を経てアミロイド線維を形成する性質がある
事実、多くの遺伝性神経変性疾患では変異タンパク質を主成分とする異常な線維性凝集体(病理学的には封入体と呼ばれる)が神経病理学的特徴になっており、神経変性疾患はコンフォメーション病であるとする仮説を強力に支持する証拠となっている
一方、プログラム細胞死の生化学的解析が進み、形態学的にアポトーシスと定義された細胞死はカスパーゼ依存的細胞死、ネクローシスを含めたそれ以外の細胞死はカスパーゼ非依存的細胞死に分類されるようになった
1. アルツハイマー病
アルツハイマー病(AD)は最も有病率の高い神経変性疾患であり、海馬と大脳皮質を中心とした変性の結果、重篤な知能障害、人格変化が生じ、認知症の原因となる
アルツハイマー病の光学顕微鏡下での特徴的な病理所見
細胞外のアミロイド斑(老人斑)
アミロイド前駆体タンパク質(APP)から切り出されてできるAβペプチド(Aβ40とAβ42)から構成される
細胞内の神経原線維変化(NFT)
微小管関連タンパク質の一種であるリン酸化タウタンパク質から構成される
ADの強力な遺伝的な危険因子はアポリポタンパク質E4(ApoE4)の遺伝子型であり、AβおよびNFTの蓄積に影響を与えている可能性がある
代表的な遺伝性ADとしてAPPと、AβをAPPから切り出すγセレクターゼの構成要素であるプレセニリン1(PS1)、プレセニリン2(PS2)の3種類の遺伝子変異が知られており、どの変異でも常染色体優性遺伝性のADとなり、Aβペプチドの過剰産生が生じる
このことより、孤発性、遺伝性に共通して、Aβの蓄積がADの特徴であり、タウの蓄積はその下流で生じると想像されている(アミロイドカスケード仮説)
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Aβが細胞障害を引き起こす機序にはいくつもの説がある
まず、Aβのプロトフィブリルがミクログリアを活性化し、炎症反応と神経毒性をもつサイトカインの放出を引き起こすという説がある
次に、Aβプロトフィブリルがグルタミン酸などの興奮性アミノ酸のグリア細胞から放出を促進し、興奮性毒性(興奮毒性)を引き起こすという考えがある
特にNMDA受容体を刺激すると、NO(一酸化窒素)およびきわめて毒性の強いONOO-(パーオキシナイトライト)が産生され、強い神経毒性が現れる
またAβの可溶性のオリゴマーがシナプス伝達を阻害し、動物レベルでは記憶・学習などの高次脳機能障害を引き起こすことも示されている
さらにAβは銅や亜鉛などの金属に結合する性質があり、その作用によって毒性の強いフリーラジカルを産生するとの見方もある
細胞死との関連ではAβがミトコンドリアの呼吸鎖酸素を阻害して酸化的ストレスを引き起こすとのデータも報告されている
これらの毒性が複合的に神経機能障害、神経変性につながっているのかもしれない
ただし、Aβを過剰に産生するトランスジェニックマウスでは細胞死が見られないことから、in vivoにおける細胞死メカニズムの解析は進んでいない
治療面での最近の動向としてはAβを取り除くことが疾患の根本的な解決になるとの考えから、Aβワクチン療法が注目を集めている
2. パーキンソン病
パーキンソン病(PD)も65歳以上の人口の1%が罹患する頻度の高い神経変性疾患
黒質ドーパミンニューロンを中心に、末梢神経、中枢神経のノルアドレナリン作動性ニューロンなどいくつかの系統の神経系が選択的に変性する
病理学的な特徴は変性ニューロンに特異的に見られるレビー小体(Lewy body)と呼ばれる線維性の封入体
臨床的な主な症状はドーパミン欠乏による運動機能障害であり、振戦(ふるえ)、無動(動きが少なくなり、遅くなる)、固縮(筋肉が固くなる)、姿勢反射障害(転倒しやすくなる)などが年余にわたって進行し、歩行困難などが著しい機能障害に陥る
PDの約5~10%は家族性(遺伝性)であり、家族性PDの病因遺伝子の研究から、PDの神経変性メカニズムの理解が大きく進みつつある
このうち、特に細胞死との関連で研究が進んでいるα-シヌクレインとParkinについて紹介する
2-1. α-シヌクレイン
α-シヌクレインはシナプス前末端に豊富に存在する140アミノ酸の生理機能不明のタンパク質
1997年、PARK1と呼ばれる常染色体優性遺伝性PDがα-シヌクレインのミスセンス変異によって生じることが示され、ついでα-シヌクレインを含む染色体領域の一部が重複、あるいは三重複する変異(遺伝子量としてはそれぞれ正常の1.5倍と2倍)が起こってもPDになることがわかった
その一方で、レビー小体の主要成分がα-シヌクレインであることがわかり、ミスフォールド化したα-シヌクレインの蓄積がPD発症の原因になるという考えが有力になった
しかし、レビー小体が細胞を殺す方向に働いているかどうかに関しては議論がある
レビー小体の構成成分は最近の研究によるとアグレソームと免疫組織化学的な性質が類似していることが指摘されており、少なくとも形成される時点では細胞保護的な役割を担っているものと思われる
しかしレビー小体に類似して神経突起内に形成されるレビーニューライト(Lewy neurite)は神経突起内の物質輸送を阻害する可能性があり、変性を促進する方向に働いているかもしれない
α-シヌクレインの毒性に関して最も有力なのは、線維性のレビー小体が形成される過程でできるオリゴマー、プロトフィブリルなどの中間体が毒性をもつという考え
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ユニークな考えとして、in vitroの生物物理学的実験に基づいて、カルシウムを通す程度の半径をもつ環状のプロトフィブリルができると膜に結合して穴をあけるというアミロイドポア説が唱えられ、注目されている
ただし、このような環状のプロトフィブリルの存在はin vivoでは証明されていない
これ以外に中間体による膜毒性、プロテアソーム阻害活性などが観察されている
α-シヌクレインによる神経変性機構をin vivoで調べるためにα-シヌクレイン過剰発現による動物モデルの作製が試みられている
α-シヌクレイントランスジェニックマウスでは非線維性封入体形成、運動機能障害は起こすが、ドーパミン細胞死は見られない
レンチウイルスによる過剰発現では細胞死が起こるが、レビー小体は形成されず、PDを再現できたといえる状況ではない
これに対し、α-シヌクレインTgショウジョウバエでは、α-シヌクレイン陽性の線維性封入体形成と成虫発症のドーパミン細胞死が起こる
この細胞死はHsp70の過剰発現、またはHsp70の発現を誘導する薬剤によって防御されることが示されており、α-シヌクレインのミスフォールド化が神経変性につながることが強く示唆されている
2-2. Parkin
ParkinはPARK2、または常染色体劣性若年性パーキンソニズム(autosomal recessive juvenile parkinsonism:AR-JP)の病因遺伝子となるユビキチンリガーゼ
ユビキチンリガーゼの役割はユビキチン-プロテアソームタンパク質分解系において、プロテアソーム分解されるためのユビキチン化のターゲットとなる基質タンパク質と特異的に結合し、そのユビキチン化と分解を促進すること
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したがって遺伝子変異によってParkinの機能が失われると、本来分解されるべき基質タンパク質が蓄積し、神経変性が生じるものと考えられる
変性誘発のカギとなる基質タンパク質としてこれまで10種類以上の分子がクローニングされているが、そのうち、蓄積により細胞死を起こすという点で有望なのはPael受容体
Pael受容体はリガンド未同定のGタンパク質共役型受容体であるが、小胞体における折りたたみ(フォールディング)が困難という性質があり、新生タンパク質の50%が折りたたみに失敗する
折りたたみに失敗し、ミスフォールド化したPael受容体は健康人では小胞体関連分解という機構で、Parkinによってユビキチン化され、分解されているが、AR-JPでは分解されなくなるため、小胞体に蓄積する
小胞体にミスフォールドタンパク質が過剰に蓄積した状態を小胞体ストレスと呼ぶ
細胞はこれに対して小胞体ストレス応答で対応するが、対応しきれなくなるとアポトーシスを起こす
Pael受容体を培養細胞で過剰発現させると小胞体ストレスによる細胞死が起こる
さらにショウジョウバエでもPael受容体を神経細胞に過剰発現させるとドーパミン神経の変性脱落が生じることが示され、Pael受容体の蓄積による小胞体ストレス誘発性細胞死がAR-JPの神経変性を説明するとの仮説が提唱されている
ポリグルタミン病のように核内に凝集体が形成される疾患でも、変異タンパク質がプロテアソームを阻害することによって小胞体関連分解(ERAD)を阻害し、小胞体ストレスを引き起こすとの仮説が提出されており、この考えに基づくと、小胞体ストレスが神経変性疾患の多くを説明できるかもしれない
3. 筋萎縮性側索硬化症
筋萎縮性側索硬化症(ALS)は進行性に上位運動ニューロンおよび下位運動ニューロンの変性脱落とグリオーシスを生じる疾患で、通常発症後数年以内に呼吸筋麻痺のため、人工呼吸器の補助が必要になる
進行すると全身の筋肉の麻痺のため、意識・知能は保たれながら、周囲とコミュニケーションすら困難になる難病
家族性ALSはALS全体の5~10%を占めるが、その中でスーパーオキサイドディスムターぜ(SOD1)の遺伝子変異による常染色体優性遺伝性ALSの分子メカニズムの解析が進んでいる
SOD1はスーパーオキサイドを解毒処理する酵素であり、その酵素活性の低下が当初神経変性の原因と予想されていた
だが、SOD1変異による新たな毒性の付与(gain of toxic function)が変性の原因であることが明らかになった
153アミノ酸のSOD1タンパク質に100種類以上の変異が見つかっており、多くはミスセンス変異であること
変異SOD1の中には野生型と酵素活性が変わらないものが存在すること
活性を有する変異SOD1を過剰発現するトランスジェニックマウスの脊髄ではSOD1活性は数倍になるが、ヒトALSとよく似た運動ニューロン変性を起こすことがわかったこと
現在毒性の説明として最も有力なのは、変異SOD1がミスフォールドタンパク質になって不溶化し、凝集することが原因とする考えであり、実際に変異SOD1トランスジェニックマウスではあらゆる組織にトランスジーンが発現するが、脊髄でのみ、不溶化し、凝集したSOD1タンパク質が見出される
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試験管内でも変異SOD1がアミロイドフィブリルを形成しすることが明らかになっており、Aβやα-シヌクレインとの共通の毒性を有することが示唆されている
脊髄でのみ変異SOD1のミスフォールド化が進行する原因はよくわかっていないが、カルシウム透過型AMPA型受容体など運動ニューロンに特異な細胞環境が関わっている可能性がある
また、モデルマウスを使った実験から変異SOD1を運動ニューロンで発現させただけでは神経変性は起こらず、他の細胞での変異遺伝子の発現が、変性が起こるために必要であるとする非細胞自律(non-cell autonomous)説が提唱され、神経変性の概念に訂正を迫る考え方として注目されている
4. IAPと神経変性
アポトーシスと神経変性のかかわりを最も直接的に示したのは、遺伝性の運動ニューロン変性疾患である脊髄性筋萎縮症の重症度を決定する因子として同定されたneuronal apoptosis inhibitory protein(NAIP)
NAIPはアポトーシス阻害タンパク質(IAP)ファミリーの一種
IAPはBaculovirus IAP repeat(BIR)とよばれるZinc Fingerモチーフに似たドメインを有することが構造上の特徴であり、その多くは内因性のカスパーゼ(caspase)阻害因子としての働きをもつ
NAIPも3つのBIRドメインを融資、caspase-3、caspase-7の阻害作用をもつ
NAIPの変異で運動ニューロン変性が増悪することから、アポトーシスが変性に関与することが示唆される
ショウジョウバエではIAPが欠損すると発生時期に全身のアポトーシスで致死となり、アポトーシスの決定的制御因子としてきわめて重要なことが示されているが、哺乳ウルイではいくつかのIAPのノックアウトマウスでも顕著な表現型は見られず、その生理的意義はよくわかっていない
ただIAPの機能を阻害するショウジョウバエの分子(Reaper, Hid, Grim)のホモログにあたる2種類の分子(SmacとHtrA2/Omi)が哺乳類でも存在することから、哺乳類でも重要な役割を担っているが、IAPがヒトでは8種類あるというリダンダンシー(冗長性)のため、機能欠損の表現型をとらえることができないのかもしれない
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→20. HtrA2/Omi:細胞死制御とパーキンソン病にかかわるミトコンドリアタンパク質
神経変性へのアポトーシスの関与を探る目的で、ヒトの疾患を忠実に再現する現在得られる唯一の動物モデルでる前述の変異SOD1トランスジェニックALSマウスモデルを用いた実験が多く行われ、多くのcaspaseの関与が示唆されている
IAPの効果に関しては、caspase-3, caspase-7, caspase-9を特異的に阻害するヒトXIAPおよび広いカスパーゼ阻害のスペクトラムを有するが、caspase-9は阻害しない因子であるp35を既述のALSモデルマウスに過剰発現させて、臨床症状への効果をみる実験が行われた
この結果、XIAPはALSマウスが発症してから死亡するまでの罹病期間を延長させるのに対し、p35は発症までの期間は伸ばすものの、罹病期間には影響を与えないことがわかった
このことはミトコンドリアを介する内因性経路がALSモデルマウスの神経変性に関与しており、caspase-9が治療のターゲットになることを示唆している
変異SOD1がミトコンドリアに蓄積し、Bcl-2または内因性のIAPを増加させる抗アポトーシス治療が有効な可能性がある
5. 今後の研究の展開
神経変性疾患がタンパク質の構造以上に起因するコンフォメーション病と認識されるようになってから、異常タンパク質を除去したり、分解を促進することで疾患を治療する方向に期待が集まり、最近はRNAiを使ったモデル動物の実験で実際に有望な結果が得られている
一方、異常タンパク質を抱えて死すべき運命をもった細胞でアポトーシスの経路だけを止めても根本的な解決にならない可能性が高い
しかしながら、神経変性疾患の発症時期では細胞死が進行過程にあることを考えると、抗細胞死治療は進行を遅らせる意味はある
また、カスパーゼ非依存的な細胞死経路も防御できれば、より高い治療効果が得られる期待ももてる
神経変性疾患への治療法開発への挑戦は始まったばかりであるが、神経変性は複合的な過程であり、異常タンパク質の除去だけでなく、抗細胞死治療も視野に入れた総合的な治療戦略の立案が必要と思われる